voxsangman’s blog

世界の切手を使って医学・世界の出来事・神話・法則などをわかりやすく解説していきます。

世界史ミステリー66.マリー・セレスト号-

マリー・セレスト号は、1872年にポルトガル沖で無人のまま漂流しているのが発見された帆船です。船は破損しておらず、救命ボートや食料も残っていましたが、乗組員はどこにも見つかりませんでした。

この事件は未解決の謎として残っており、多くの陰謀論が生まれています。

マリー・セレスト号は、アメリカのボストンで建造された帆船で、1872年5月5日にニューヨークを出港しました。船はイタリアのジェノヴァに向かっており、乗組員は12人でした。船は順調に航行していましたが、5月25日、ポルトガル沖で無人のまま漂流しているのが発見されました。

船は破損しておらず、救命ボートや食料も残っていましたが、乗組員はどこにも見つかりませんでした。

この事件は未解決の謎として残っており、多くの陰謀論が生まれています。

最も一般的な陰謀論は、船が嵐に遭遇し、乗組員は避難したというものです。

しかし、船は破損しておらず、救命ボートもすべて揃っていました。

そのため、この陰謀論は信憑性が低いとされています。

もう一つの陰謀論は、船が海賊に襲われたというものですが、船には海賊の痕跡は残っていませんでした。

また、海賊が船を襲ったとしても、乗組員をすべて殺す理由はありません。

マリー・セレスト号の事件は、未だに謎に包まれています。真相は解明されるのでしょうか?

切手は1992年モルディブ発行の「宇宙の謎の小型シート」で、マリー・セレスト号が描かれています。

 

1992年モルディブ発行宇宙の謎の小型シート

 

世界史ミステリー65.ミステリーサークル-

ミステリーサークル(Mystery Circle)とは、畑や穀物畑などに作られる、謎めいた幾何学模様や図案のことを指します。

※英語ではミステリーサークルと呼ぶより、クロップ・サークル (Crop circle) やコーン・サークル(Corn circle)という呼称が一般的です※

これらの図案は、通常、非常に正確な形状で作られ、しばしば複雑なデザインや幾何学的なパターンを含んでいます。

ミステリーサークルは、しばしば超常現象や未知の存在に関連すると信じられており、多くの人々にとって興味深いものとなっています。

ミステリーサークルが最初に発見されたのは、1970年代にイギリスで、当初はこれらの図案は人間によって作られたものだと考えられていましたが、その後、超常現象や未知の存在によって作られたと信じる人々も現れました。

ミステリーサークルの正体については、現在でも議論が続いており、その真相は依然として解明されていません。

ミステリーサークルは、人々の好奇心を掻き立て、さまざまな憶測を呼び起こしてきました。

近いうちにもミステリーサークルの正体は、解明されるのでしょうか。

過去数年間に発表された研究を下記にいくつか紹介します。

1. 2018年に発表された研究では、ミステリーサークルが作られた場所において、通常の作物と比べて微量元素の濃度が高いことが示されたことから研究者たちは、これが作成過程に関与している可能性があると考えています。

2. 2019年に発表された研究では、ミステリーサークルが作られる際に、磁気異常が生じることが示唆されたことから研究者たちは、磁気異常が作成過程において何らかの役割を果たす可能性があると考えています。

3. 2021年に発表された研究では、ミステリーサークルが作られる過程において、光学的な現象が関与している可能性が指摘されたことから研究者たちは、太陽光が草の茎の中を通る際に生じる光学的な現象が、ミステリーサークルの形成に重要な役割を果たす可能性があると主張しています。

1991年、イギリスのダグ・バウワーとデイブ・チョーリーという老人2人組がミステリー・サークルの最初の製作者として名乗りを上げ、簡単な道具と人力によって一定規模のミステリー・サークルが比較的短時間で作れることを実演、この実証により一時騒がれた超常現象説は急速に廃れて人為的な創作物とされましたが、作りが粗雑なことや世界各国でこの二人が作ったとは言えないことなどが指摘されています

これらの研究によって、ミステリーサークルの正体がより明らかになることが期待されていますが、まだ多くの謎が残されています。

今後の研究によって、ミステリーサークルの真相が解き明かされることを期待したいところです。

切手は1992年モルディブ発行の「宇宙の謎の小型シート」で、イギリスのミステリーサークルが描かれています。

 

1992年モルディブ発行宇宙の謎の小型シート

 

世界史ミステリー64.ダークマター-

ダークマターとは、「観測可能な物質だけでは銀河を形成するのに十分な重力を得られない」という研究結果を基に、1933年にスイス生まれで米国の天文学者であるフリッツ・ツビッキー(1898~1974)が提唱した物質です。

ダークマターは、宇宙に存在する物質のうち、原子や分子など通常の物質とは異なる性質を持ち、観測によって直接検出されていない仮想的な物質です。

※日本語では暗黒物質と呼ばれています※

その存在が予測されたのは1930年代以降で、現在では宇宙の大規模構造や銀河の運動などの観測から、その存在が推測されています。

ダークマターは、重力相互作用によって通常の物質と相互作用しないため、光や電磁波などの放射線で観測することができません。

これまでに行われたダークマターの探索には、地下深部に設置された検出器を用いたり、宇宙線の観測などが含まれますが、直接的な検出には至っていません。

ダークマターの存在は、宇宙の大規模構造の形成や分布、重力レンズ効果、銀河団の速度分布などの観測から、その存在が推測され、これらの観測からダークマターは宇宙全体に広がり、通常の物質のおよそ5倍の存在量があるとされています。

ダークマターが何でできているかはまだ不明ですが、仮説としては軽い超対称性粒子やアクシオンなどの候補があります。

今後の宇宙観測や粒子加速器実験などによって、ダークマターの正体が解明されることを期待されています。

ダークマターの存在が初めて示唆されたのは、1933年のことで当時、アメリカの天文学者エドウィン・パウエル・ハッブル(1889~1953)は、遠方の銀河の回転速度が、その銀河の質量だけでは説明できないことを発見しました。

この発見から、ハッブルは、銀河内に、質量を持った何らかの物質が存在しているのではないかと考えこの物質が、ダークマターと示唆されたのです。

その後、ダークマターの存在を支持する観測事実は、さらに多く発見されました。

例えば、銀河団の運動を観測すると、銀河団の質量だけでは説明できないほどの重力があることがわかります。

また、宇宙の膨張速度が、宇宙の年齢に比べて速すぎることも、ダークマターの存在を支持する証拠の一つです。

ダークマターの正体が解明されることで、宇宙の構造や進化の理解が深まると期待されています。

切手は2000年米国発行の「ハッブル画像小型シート」で、切手にはハップル望遠鏡で観測したワシ星雲、リング星雲、ラングーン星雲、エッグ星雲、銀河系NGC1316最上部切手右から順に)が描かれ、シート面には米・パロマ天文台の48インチ望遠鏡を覗くエドウィン・ハッブルが描かれてています。

 

2000年米国発行ハッブル画像小型シート

切手は2008年米国発行の「米国の科学者切手」の中の一枚で、エドウィン・パウエル・ハッブルが描かれています。

 

2008年米国発行米国の科学者切手

切手は2000年米国発行の「宇宙観測切手」の中の一枚で、ハッブル望遠鏡が描かれています。

 

2000年米国発行宇宙観測切手

 

世界史ミステリー63.ナチスとオカルト-

ナチスとオカルトとの関係については、様々な見解がありますが、歴史的な証拠や研究に基づく一般的な見方としては、ナチスはオカルトに興味を持っていたとされています。

ナチスの指導者であるアドルフ・ヒトラー(1889~1945)は、オカルトや神秘主義に興味を持っており、彼の周囲にはオカルト研究家や占星術師、霊能者などが多く集まっていました。

また、ナチスのシンボルや儀式にはオカルト的な要素が含まれており、ヒトラー自身も「第三帝国」という概念を、神秘的な力によって実現するという信念を持っていたとされています。

また、ナチスはヨーロッパ各地で古代の聖杯や聖書の秘密を探し求める活動を行っていたとされています。

これは、ナチスが「アーリア人種」を超越した「神の民」としての存在を主張していたためで、古代の秘密を解明することで彼らの信念を証明しようとしたとされています。

しかし、ナチスとオカルトとの関係については、真偽の程ははっきりしておらず、多くが神話や伝説によって語られている可能性があります。

また、ナチスがオカルト的な信念に基づいて行った行為が、彼らの政治的・軍事的行動にどの程度影響を与えたかについても、研究者の間で意見が分かれているところです。

ナチスがオカルトに関する研究をどのように進めていたかについては、多くの伝説や神話が存在するため、正確なことを言うのは難しいとされていますが、一部の研究者や歴史家たちは、ナチスがオカルトに関する研究を進めていたとする証拠を残していると主張しています。

具体的には、以下のようなことが挙げられます。

1. アーリア種のルーツに関する研究

ナチスは、アーリア種を超越した「神の民」としての存在を主張していたため、アーリア種のルーツを探るためにオカルト的な研究を進めていたとされています。

彼らは、古代の遺物や聖書の秘密を解明することで、アーリア種の起源を明らかにしようと考えていました。

2. 霊的な力を利用した戦争

ナチスは、戦争に勝利するために、オカルト的な力を利用することを目的として、多くの研究を進めていたとされています。

彼らは、古代からの聖杯や聖書の秘密を解明することで、神秘的な力を手に入れようと試みていました。

3. シンボルや儀式に関する研究

ナチスは、自身のシンボルや儀式にオカルト的な要素を取り入れていたため、これらに関する研究も進めていたとされています。

彼らは、古代からのシンボルや儀式を調査し、それを自分たちのものに取り入れることで、神秘的な力を手に入れようとしたと考えられています。

以上のように、ナチスがオカルトに関する研究を進めていたとされていますが、これらの研究が実際にどの程度の成果を上げたかについては、研究者の間でも意見が分かれているところです。

ナチスがオカルトに関する研究を進めた人物は、複数の人物が存在します。以下に代表的な人物を挙げてみます。

ハインリヒ・ヒムラー (Heinrich Himmler 1900~1945)

ハインリヒ・ヒムラーは、ナチスの親衛隊長官であり、オカルトに強い興味を持っていました。彼は、古代の聖杯や聖書の秘密に関する研究を進め、自身の私的な研究機関である「アーネンエルベ」を設立するなど、オカルトに関する研究を進めました。

カール・マリア・ヴィルィグート (Karl Maria Wiligut 1866~1946)

カール・マリア・ヴィルィグートは、ナチスの親衛隊将校であり、オカルトに強い興味を持っていました。彼は、古代のシンボルや儀式に関する研究を進め、ナチスのシンボルや儀式にオカルト的な要素を取り入れることに貢献しました。

ルドルフ・ヘス (Rudolf Hess 1894~1987)

ルドルフ・ヘスは、ナチスの指導者であるアドルフ・ヒトラーの側近であり、オカルトにも興味を持っていました。彼は、古代の聖杯や聖書の秘密に関する研究を進め、ヒトラーにその成果を報告するなど、オカルトに関する研究を進めました。

以上のように、ナチスがオカルトに関する研究を進めた人物は、様々な分野の研究者や指導者が存在していました。

 

切手は2014年チャド発行の「第二次世界大戦小型シート」で、切手にはヒムラーの顔・シート面右上にはナチス親衛隊の記章ジーク・ルーン、左下にはヒムラーと話すヒトラー、背景には収容所の光景右上にはナチスドイツの間国章、その下には軍服姿のヒムラーが描かれています。

 

2014年チャド発行第二次世界大戦小型シート


切手は2014年チャド発行の「第二次世界大戦小型シート」で、切手にはヒトラー(上部中央)・ゲッペルス(左)・ヒムラー(下)・アルベルト・シュペーア(右)、シート面には当時の写真やポスターが描かれています。

 

2014年チャド発行第二次世界大戦小型シート

 

世界史ミステリー62.イエティ-

イエティ(Yeti)は、ネパールやチベットなどのヒマラヤ地域に伝わる伝説上の生物で、人間よりも大柄で毛深く、人型の姿をしているとされています。

イエティは、ネパールでは「ヤンバール」と呼ばれ、チベットでは「メーティ」と呼ばれることがあり、更にビックフット・サスカッチ・雪男・雪人とも呼ばれています。

イエティの存在については科学的に証明されておらず、目撃例や足跡、毛髪の発見など、証拠はいくつか存在しますが、それらはいずれも確固たるものではありませんが、イエティを探し求める研究者や冒険家たちは、今でもヒマラヤ地域での調査を続けています。

イエティの見た目や性格については、伝説や証言によって異なる記述があります。

一般的には、身長が2~3メートルにも達し、全身が白い毛皮に覆われているとされています。

また、人間に似た手足を持ち、指先には鋭い爪があるとされています。

性格については、攻撃的なものや人間に友好的なものなど様々な説があります。

イエティの存在は、1887年にイギリスのウォーデル大佐が足跡を発見したことで世界に知られるようになりました。

その後、実物を目撃したとの報告もあり、1954年のイギリスのデイリー・メール紙を皮切りに各国より何度となく探査隊が派遣されています。

日本では1959年に東京大学医学部で小川鼎三教授を代表とする「日本雪男研究グループ」が結成され、毎日新聞社をスポンサーとして、6名の学術探検隊がエベレスト山麓に派遣され、12月17日から探検を開始しましたが雪男を発見できず翌年1月31日に打ち切られています。

現在までにイエティの目撃例は数多く報告されていてます。

イエティの存在は科学的に証明されておらず、未だに謎の生物となっていますが、その存在を信じている人は多く、イエティを探す探検隊はこれからも続くことでしょう。

 

切手は1970年ブータン発行の「動物3D切手」の中の一枚で、雪男が描かれています。

 

1970年ブータン発行動物3D切手

切手は1992年モルディブ発行の「宇宙の謎シリーズ」の中の一枚で、イエティの足跡が描かれています。

 

1992年モルディブ発行宇宙の謎シリーズ

 

世界史ミステリー61.ブラックホール-

ブラックホールは、非常に強い重力を生み出す天体であり、その重力のために引き寄せられた物質や光は、ブラックホールの中心部にある「事象の地平線」と呼ばれる領域に入ってしまうと、もう二度と脱出することができなくなるとされています。

ブラックホールは、観測が極めて困難ですが、その周りの物質の動きや放射線などから、存在を推定することができます。ブラックホールは、宇宙物理学や天文学において、重要な役割を担っています。

ブラックホールに物質が落ち込むと、その物質が熱せられてX線ガンマ線を放出するため、それらの放射を観測することでブラックホールの存在を間接的に確認することができます。

ブラックホールの形成には、いくつかの説がありますが、最も有力な説は、重い星が死んだ後にブラックホールになるというものです。

重い星が死ぬと、その核は超新星爆発を起こします。超新星爆発の際には、星の中心部にある物質が非常に高密度に凝縮され、ブラックホールが形成されます。

ブラックホールは、宇宙に数多く存在していると考えられていて、銀河の中心には、太陽の何百万倍もの質量を持つ超大質量ブラックホールが存在しています。

また、連星系の中にも、太陽の数倍から数十倍の質量を持つブラックホールが存在しています。

ブラックホールは、まだ多くの謎に包まれた天体ですが、今後の研究によって、その謎が解明されることが期待されています。

 

切手は1992年モルディブ発行の「宇宙の謎シリーズ」の中の一枚で、ブラックホールが描かれています。

 

1992年モルディブ発行宇宙の謎シリーズ

 

切手は2016年マン島発行の「アルバート・アインシュタイン相対性理論提唱100周年記念切手」の中の一枚で、ブラックホールが描かれています。

 

2016年マン島発行アルバート・アインシュタイン相対性理論提唱100周年記念切手

切手は2021年日本発飛行の「天体シリーズ 第4集」の中の一枚で、ブラックホワールの予想図が描かれています。

 

2021年日本発飛行天体シリーズ 第4集

切手は2016年マン島発行の「アルバート・アインシュタイン相対性理論の生誕100周年記念切手」の中の一枚で、ふたつのブラックホールが衝突するのが描かれています。

 

2016年マン島発行アルバート・アインシュタイン相対性理論の生誕100周年記念切手

切手は2017年シェラレオネ発行の「スティーブン・ホーキング博士生誕75周年小型シート」の中に収められた一枚で、ホーキング博士ブラックホールが描かれています。

 

2017年シェラレオネ発行スティーブン・ホーキング博士生誕75周年小型シー

 

世界史ミステリー60.オーパーツ-

オーパーツとは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指し、英語の「out-of-place artifacts」を略して「OOPARTS」とした語で、つまり「場違いな工芸品」という意味です。

オーパーツの例としては、紀元前1000年頃の古代インカの遺跡から発掘された黄金のジェット、紀元前150年頃に沈没したアンティキティラ島の船から発掘された複雑な構造をしたアンティキティラ島の機械、ブラジルのアマゾンの熱帯雨林から発掘された紀元前2000年頃のものと推測される金の歯車などがあります。

これらの遺物は、当時の技術では作ることができなかったと考えられており、超古代文明の存在を示す証拠としてしばしば取り上げられます。

しかし、オーパーツのすべてが超古代文明の遺物であるとは限らず、中には後世の人間によって作られた偽物である可能性もあります。

また、オーパーツとされる遺物の中には、現代の科学技術では解明されていない技術で作られたものも存在しますがが、必ずしも超古代文明の遺物であるとは限りません。

オーパーツの真相は、まだまだ解明されていないことが多く、オーパーツは人類の歴史を再考するきっかけを与えてくれる存在であることは間違ありません。

オーパーツの代表的なものとしてヘッジスの水晶髑髏があります。

ユカタン半島にあるベリーズの古代マヤ遺跡ルバトュムの祭壇の下で1927年に発見され、発見者はイギリスの探検家フレデリック・ミッチェル・ヘッジス(1882~1959)が発見しました。

そのことからスカレの名前を関してヘッジス・スルカと呼ばれています。

透明な石英で作られた典型的なタイプで、正面から見て、高さ約13cm、長さ18cm、幅13cm、重さ5Kgの大きさで、頭蓋骨としてはほぼ実物大といっていいサイズです。

こめかみ部分と 骨の一部を除いて解剖学的にもほぼヒトの頭蓋骨を表現しててい、下顎骨部分は取り外しが出来ます

水晶ドクロには以下のような特徴があります。

下から光を射すと、眼窩に光が集中し、その光を凝視していると1分弱で大半の人が催眠状態に陥るとも言われています。

太陽の光を当てると全体が美しい虹色に光り、ロウソクの炎を当てると神秘的な紫色に光ります。

非常に精巧に作られており、当時の技術では作ることができなかったと考えられている。
現代の道具を用いずとも、時間をかけて磨いていけば人間の手でも髑髏への加工は可能と言われているが、人力による手作業では300年以上はかかるとする見解もある。

アメリカ先住民の伝説によれば世界に全部で13個の水晶髑髏が存在し、それらがすべて集まったとき、人類の起源、目的、運命、生命と人類の謎を知ることができ世界は救われるのだという。

実際には、水晶ドクロは偽物である可能性のあるものを含めて2012年の時点で既に19個発見されています。

切手は1992年モルディブ発行の「宇宙の謎シリーズ」の中の一枚で、水晶髑髏が描かれています。

 

1992年モルディブ発行の「宇宙の謎シリーズ