太平洋戦争敗戦後の米軍による占領下、連合国最高司令官総司令部(GHQ:General Headquarters)は1946年5月13日付で、「日本郵便切手及通貨ノ図案ニ就テノ禁止事項ニ関スル件」と題する指令AG第311・14号を発し、これにより、靖国神社の1円切手や勅額切手等が使用禁止となりました。
一部例外を除き、一般の国民は敗戦以前に発行された軍国調の切手を引き続き郵便に使い続けていました。
GHQ最高司令官、ダグラス・マッカーサー(1880~1964)の元には、毎日夥しい量の郵便物が届けられていましたが、その一通に、1942年に発行された“大東亜共栄圏”の地図を描いた10銭切手の貼られた封筒がありました。
切手の図案は1942年の日本の勢力圏の地図を描いたものであったことから、マッカーサーは激怒し、逓信省の関係者が早速GHQに呼びつけられ、昭和21年5月13日付指令の第1項に該当する切手、すなわち、『軍国主義、超国家主義、国家神道、旧植民地の風景』を題材とした切手が、新憲法の施行後も使用されているのはおかしいではないかとの厳しい叱責を受けることになります。
逓信省はマッカーサー本人の意向を汲み取り、6月29日、該当するすべての切手・葉書の発売停止を全国の郵便局に指示しました、これが追放切手”なのです。
追放切手の中には日光東照宮や春日大社、厳島神社など国家神道とは直接無関係であり、単に日本を代表する文化財、歴史的建造物でしかないのですが、追放されたのは納得いきません。
追放切手は以下の通りです。
・楠公銅像(1銭5厘葉書、2銭葉書、3銭葉書、5銭葉書)
・乃木希典大将(2銭切手)
・楯と桜(3銭切手)
・東郷平八郎元帥(4銭切手、5銭切手、7銭切手)
・八紘基柱(4銭切手)
・戦闘機・飛燕(5銭切手)
・台湾・鵞鑾鼻燈台(6銭切手・40銭切手)
・産業戦士(6銭切手)
・朝鮮・金剛山(7銭切手)
・明治神宮(8銭切手)
・日光東照宮陽明門(10銭切手)
・大東亜共栄圏地図(10銭切手)
・筥崎宮の勅額(10銭切手)
・航研機(12銭切手)
・春日大社(14銭切手)
・少年航空兵(15銭切手)
・靖国神社(17銭切手、27銭切手/別図案の1円切手)
・厳島神社(30銭切手)
・藤原鎌足(5円切手)
上記の切手とはがきは1947年9月1日以降使用できなくなりましたが、現在でも東京中央郵便局で現行の有効な切手および葉書に引き換えることが可能です。
以下に追放切手の一部を紹介します。
切手は1945年発行の筥崎宮の勅額を描いたものです。
この勅額は、元寇の際に亀山上皇(第90代天皇)が「敵国降伏」を祈願し筥崎宮の楼門に掛けられたもので、大東亜戦争末期の1945年(昭和20年)、逓信院(現・日本郵便)は戦意発揚と戦勝祈願のため、この勅額をデザインし発行したものです。
切手は1945年発行の乃木大将を描いたものです。
切手は1942年発行の大東亜共栄圏地図を描いた切手で、マッカーサーが見て激昂した切手です。
切手は1942年発行の少年航空兵を描いた切手切手です。